昔の日本語翻訳版だと「プリン」と訳されていますが…
映画にもなったファンタジー小説「ナルニア国物語」。 みなさんご存知ですよね?
あれの「ライオンと魔女」の巻にて、白い魔女の誘惑で、エドマンドがべらぼうに美味いお菓子「プリン」に惑わされてアスランを裏切る場面があります。
あの「プリン」が意訳で、本来はトルコのお菓子「ターキッシュデライト (Turkish delight
ゆべしのようなもっちりした激甘のお菓子で、粉砂糖でコーティングされており、プリンとは似ても似つかないお菓子です。 本場トルコでは「ロクム」という名前で、それがイギリス(=欧米圏)で売られる時には「ターキッシュデライト」と呼ばれることが多いんですね。
ちなみに、上記の本は昭和の時代の翻訳版で、今の新訳版では普通に「ターキッシュデライト」と記述されていますね。 面白い。
私が読んだのは前者なわけですが、学生時代、背伸びしてこの本の原書を頑張って読んでた時期がありました(「馬と少年」で挫折)。 それで最初ここのくだりを読んでびっくりしました。
と、同時に「そうだよな、あのクソ寒いさなか、魔女自ら手でプリン持ってくるってどういう状況だよ」と、これまでの違和感がすっと腑に落ちたことを良く覚えています。
で、その後のハリウッド映画版では、がっつり映像で「ターキッシュデライト」が出て、字幕および吹替えでもその名で進行してた(せざるを得なかった)ので、ずっと「プリン」だと思ってた人は映画でこのシーンを見て、逆に違和感無かったのかなあと思ったりもしますね。
さてそれ以降、ずっと「ターキッシュデライト食べたい!!」と、思い続けてきたのですが、ここ数年で通販でも買える様になりました。 昨年には六本木にロクム専門店もできてました(腰が抜けるほど高かったですけど)。
なんだかんだでついに手に入れて、初めて食べた時の嬉しさったらなかったです。
本場トルコの「ロクム」よりはイギリス経由の「ターキッシュデライト」
このお菓子の本場はトルコ。 なので本式の味を知りたいのなら、トルコのお店の「ロクム」を食べるべきです。 でも、私が食べたいのは「エドマンドが食べたターキッシュデライト」なんですよね。
イギリス人で「ナルニア国物語」の作者である C・S・ルイス氏も食べたであろう、トルコ発イギリス経由で売られている「ターキッシュデライト」を食べたいんです。
まあ、このメーカーがそうだというわけではないんですが。 ともあれ包装がオサレというか欧風ですね。 そして届きました……って…
ちょ、白い粉多すぎ!(笑) これ、梱包のダンボールの中にまでこぼれてました。
いくら激甘菓子ったって、砂糖にまみれすぎです。
味はもう「すっごく甘い」のと「すっごくいい香り」のダブルパンチで、それがそれ以外を圧倒しています。
「ゆべし」的な歯ごたえがありつつも、超みっちりもっちりした「みすず飴(別名 ”お婆ちゃんゼリー” )」と言ったら伝わ…らないかな。orz
ものすごく紅茶に合います。 濃いのが良いですね。 このあたりが、イギリスでも食べられているゆえんでしょうかねえ。
2つ食べればおやつ的には大満足。でも、甘さよりは香りの強烈さの方が印象的ですね。 特にバラの方は一口で頭の中バラの花びらだらけです。 まるで美味しい香水を食べているみたい。 病み付きになる味で、リピート購入余裕でした。
しっかし、これをバクバク食べるエドモンド……成人病まっしぐらですね。 成人しないですけど…。
「プリン」の翻訳に思うこと
私の読んだ「ナルニア国物語」の翻訳版が出たのは昭和の前半ごろ。 おそらく当時の日本人…ましてや子供たちに「ターキッシュデライト」と言ってもわからないので、それを気遣っての「プリン」の意訳だと思います。
しかし何故、よりにもよって「プリン」なのかがモヤモヤしてます。 甘くてベトベトしている洋菓子だからなあ…。
劇中での「プリン」のシーンでは、これを手づかみで口の周りをベトベトにしながらバクバク食べる浅ましい様が、魔女の手に落ちたエドマンドの堕落を象徴していて、強く私の記憶に残りました。
後で原書に当たって、このお菓子が「プリン」ではなく「Turkish Delight」であり、それが大麻入りお菓子の隠語だったと知って「えげつない演出だったんだな」と引いたことも、合わせてよく憶えています……(古代のレシピに大麻が入ってたとか入ってなかったとか)。
私はこの「ナルニア国物語」の世界では、「アスラン」に敵対する「タシ神」の勢力は、キリスト教圏に対するイスラム教勢力のイメージが投影されていると解釈しています(その一方で「アスラン」が「獅子」という意味のトルコ語系の単語なのが、劇中で語られる「それらは同じもの」というくだりについて考えさせます)。
その一環で、魔女が子供を堕落させるお菓子としてトルコのお菓子をチョイスしたと私は理解していたので、この意訳はちょっと残念に思いましたね。 その一方で、挿絵ではちゃんとイスラーム的なデザインの悪者や敵側の兵隊とかが描かれていたので、本全体としての統一感も欠く結果になっていたかと。
とはいえ、当時の日本人に「キリスト教とイスラム教の世界観が含みになっている」なんてネタは新し過ぎだったとも思うので、そういうネタ自体、翻訳を見送ったということで、仕方ない苦渋の訳出だったんだろうなと思います。
そんな感じで、わざわざロクムでなくイギリスから取り寄せたターキッシュデライトを食べながら、プリンじゃなかったターキッシュデライトのことを考えてしまった、週末のおやつ時の回想でした。
「ターキッシュデライト」美味しいですよ? 皆さんもエドマンドごっこしてみるのも一興ではないでしょうか。