ブログ記事の文体の均質化がちょっと怖いと思って、自サイトについても考えてしまった話

 
最近のブログ記事って、どこも読みやすいけれど、似たような文体や構成が多いですよね?

あれ、ここ同じサイト…じゃないよな?

(ぱくたそ www.pakutaso.com)

いくつかのサイトを移動しながら見ているはずなのに、同じブログサイトを見続けているような気がする……。 そういったデジャブ的なものを感じた方々は結構いらっしゃると思います。

そこで今回は、この「似た感じ」について考えてみようと思います。
 

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みたいに、判を押した様なブログ記事ばかりなのが少し怖い

と、ここまでがそのハンコ的な記事の、導入部分のサンプルです。

おさかな
初めてフリー画像を使ってみましたが、写真の質も良い上にDLサイトのUIもすっごくわかりやすく、簡単にできてびっくりしました。 みんなが使うわけですね。

どの記事もそこそこ読みやすくて内容自体に文句は1ミリもないんですが(むしろ感謝!)、あまりにどこのブログサイトにいっても同じ形式、文体で書かれているのが最近ちょっと怖いのです。

外注ライターさんだと1記事1000円くらいらしく、専属で大量受注するようにもなると700円前後にもなるんだとか。1時間で書き上げないと商売になりませんよね。 そうなるとテンプレに沿って量産することになるので、構成が同じに寄っていくんだろうなあ。

さらに、安くてうまい文章を書けるライターさんには仕事が集まると思うので(ディレクション専任含む)、いくつかのブログサイトの記事も兼任してるでしょうし、それがデジャブ感を増しているのかもしれません。

大体の記事は上記のような導入で始まって、全体としてはこの流れになっているかと。

  1. OOってXXですよね?
  2. [目次]
  3. そもそもOOとは
  4. そこでXX
  5. XXのメリット
  6. XXのデメリット
  7. いかがでしたか?

特に最後の「いかがでしたか?」のデジャブ具合は強烈です。

おさかな
そしてフリー絵素材の「にぎやかしで置いてます」な構成の感じもまた、デジャブ感を増しますよね。

とはいえテンプレはドキュメントの「定型」だしなあ

とはいえ、このテンプレって要は「内容をシンプルにまとめて伝える最適解の1つ」ではあるので、これに対して「判を押したように……」と突っ込みをいれるのはナンセンスなのかも。

  1. 序文
  2. 目次
  3. 前提状況の確認
  4. 提案概要
  5. 提案内容のメリット
  6. 提案内容のデメリット
  7. まとめ

記事を外部ライターに発注して量産している形式の情報ブログサイトに、記事の個性とか書き分けとかを求めること自体間違っているわけで。

……ていうか、もうみんな(私も含めて)Webページのほとんどは Google からの検索で見てますよね。

サイト主らしさのある言い回しとか記事構成なんかは、そういう自己表現サイトでやってるのを「作品」として見れば良いわけです。

知りたいことを知るために見るページは、むしろ「Google の検索結果」として、お決まりの文体の方が読む方には効率的で良いのかもしれません。

無個性メソッドにしてる情報ブログサイト、いや全てのブログサイトは……?

となると情報ブログサイトの記事ってもう……見る側にとっては、ぶっちゃけ全部「Googleの検索結果」って認識に凄く近いんではと思ってしまいます。

そもそも私は、そうやって検索ワードによって複数のブログサイトを渡り歩いているにも関わらず、同じ文体で継続して読めてしまうことに違和感を覚えているわけです。

この文体の均質化が、これらの記事が「 “Google” という1サイトのコンテンツ」であるかのように私に錯覚させ、それが混乱と言うか、怖い印象を醸しだしているのではと。

……となると Google は、何も記事を書かず、発注もせず、原稿料も払わない(広告主に払わせる)でいるのに、読みやすく均質化された定型文の役に立つ情報記事がどんどん集まって、Google の利便性とイメージを向上させているわけで……。

おさかな
あれ、何だか最初とはまた違う怖さを感じてきてしまいましたね。

この考えを敷衍していくと、定型文の記事とか関係なく、個性出そうが出さまいが、Google Ads とか使ってるページは全部そういうことに……。

実際、みなさんの内の多くは、Google 検索から検索結果狙い撃ちで直接、個々のページにランディングしてます。

そういう意味では、この「Osakana’s Fish Bowl」も、見る側にとっては「Google の検索結果表示」の1つでしかないのかも。

……なんだか詮無い話になってきてしまいましたね。 もちろんこの記事では、思考を極端にして書き進めてはいるんですが、低くない確度で1つの真実に触れてはいるかと。

じゃあどうすんのよ、という話

商売として情報ブログサイトを作るのであれば、こんなことは考える意味はありませんよね。

より豊富で洗練された記事を、(Googleから)アクセスし易い形で提供・特化していくことは、デメリットでも何でもなく、むしろ「高度化」です。

考えないといけないのは、(例え実利があったとしても)個人が趣味でやってたり、自分のキャラクターをある程度出してやってるブログサイトなのかと。 うちなんかもそうです。

たとえ一部(と信じたい)の読む側によっては「検索結果」であったとしても、せめて作る側は作る過程を楽しんでやるべきなのかなあと。

そうでないと、意図せず Googleのために働いている無力感が強くなってしまいます。

 

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まとめ:「楽しい」で「楽しませる」に立ち返る

「”楽しい”はプライスレス」とは良く言ったもの。 それがある内は、結果的にそれがどういうアウトプットになって、誰にどう受け止められるかについて、ある程度余裕を持って接することが出来ると思うのです。

状況は何も変わりませんが、せめて自分の心構えだけはということで……。

定型文は人間の文化が磨いてきた技術の1つであり、拠り所として常に頭に置いておくべき物です。

ただ、あまりに効率を求めて「書く楽しさ」を見失わないよう、定型文ガッチガチの記事にはせず、そしてその工夫によって読む側を楽しませられるよう、個人ブログサイトとしては留意していこうと思います。

ていうか、それによる手ごたえが、個人(ブログ)サイトのやり甲斐だとも思いますしね。
 

以上、ちょっとまじめな「おさかなのつぶやき」でした。

おさかな
記事内では自分の「検索収益サービス=Google」なイメージと、文章の冗長さを避けるために Google Google 言ってますが、適宜 Bing なり Yahoo なり、大手検索エンジンに置き換えてお読みいただければと思います。

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